2012年2月26日

映画の馬

東京開催も終わり、中山に移っていった。
毎年のことなのだが、競馬場に行くのが億劫になるのだ。
来週から新装開業の中京競馬。
直線に上り坂ができているではないか。
いつの間にかそんなものを作ったのか。

『ニーチェの馬』という映画を見てきた。
馬を中心とした映画ではない。
ただ、ひたすら同じ曲と風の音。
同じような映像で、つい、寝てしまう。
セリフも必要最小限のハンガリーの映画だ。
『シービスケット』のような、競馬の物語での疾走感とは全く違う。
映画冒頭、ただ、モノクロの景色を風と格闘しながら荷車を引く馬。
このような映像を撮る技術や工夫があるのだろう。
生活感が重くのしかかっている馬の走りだ。
その後、この馬は荷車を引くシーンはでてこない。
食べ物、飲みものをとらせようと人は促すが、ウンともスンとも言わない。
終いには、荷車に綱を付けられて、歩いていく。
馬小屋に帰ってきたのだが、もう、仕事はしない。
おとなしく立っているだけだった。

人間と馬は長い間、生活を共にしてきた。
ここ50年で、日本では馬を農耕の道具として使うことはほぼなくなった。
身近な存在としていた馬の最期をみるようだった。
この映画の主題は「普通の生活のなかで、ゆっくりと死を感じる」のだと思う。
人の生まれてから死ぬまでは、日々の繰り返しの生活の中で、1日1日迫ってくるのだと感じた。